ミヤムラリゾート 情報

第14回 speaking to one self (アメリカでは日本では考えられないスケールの違いがある)

   練習試合をいつもチャレンジしてくるマック、身長は1メートル90センチ近くあるターザンを思わせる大男、サーブは200km/hあろうかと思わせるほど速い、それを返球するとストロークは大したことはないのでなんとかゲームにはなります。

     そのマックがある日サーブ後に大声をたてるのでどうしたのかと思いきや当時アメリカで売っていたヨネックスのうす緑いろのアルミのラケットフレームをサーブでひし形に曲げてしまったのです。彼の体つきはプロレスラーかと思うぐらいマッチョ、その彼が来週自分の家で野球をやるので来ないかと誘いがあり行くことにしたのです。

     彼の家は野球ができるだけの敷地がありその中には今にも崩れそうな曾祖父の家があり、祖父の家、お父さんの家、そして自分たちが今住んでいる家があるのに驚いてしまった、100年以上経った3世代の住んでない昔ながらの家がそのままあるのには日本人には考えれないと思いました。

     テニス仲間で野球をしバーベキューで腹一杯になり楽しい一日になりました。そんな事で驚いた私ですが、テニスやりに来ないかと誘われた歯医者のマッケンジーの家に行った時のこと、彼の家にはテニスコート2面、プールそして彼が地平線を指してあそこまでが私の土地だと言うのです、馬に乗って走っても3時間以上かかると思う広大な敷地、一人でこんだけの広大な土地持っていいのかと思いました。

富士山の麓、忍野八海でミヤムラリゾートテニスキャンプをやりました

     ミヤムラリゾートテニスでは新年の沖縄テニスキャンプに続き8月11日ー8月16日の間忍野八海にあるパインテニスロッジでテニスキャンプを実施しました。

     オミクロン株がまだまだ拡大の中、おまけに台風8号が突然太平洋上に発生、どうなるものかと思われましたが5日間、外でできない日はないぐらい大雨は夜中に降りました。

     それでも雨が降っている時には卓球場でサーブとボレーの基礎練習に汗を流すことができました。山中湖、河口湖のテニスコートは本来火山灰でできているので大雨が降っても水はけは良く30分もあれば使える状態になりますが、特にパインロッジのコートは火山灰の上にクレーの土をかぶせてあり塩化カルシウムを時々撒いて良く整備しているのでイレギュラーなしの名門テニスクラブ並みです。

     最終日には生徒有志と宮村美紀プロの1セットマッチをやりましたが産後7ヶ月にも関わらず相手の打った浅くなったボールを得意のネットプレーで決めていました。

     山梨県は沢山の美味しい果物の産地、ぶどう、もも、なし、すいか等の美味しい季節なので、朝食、昼食にそれらを沢山用意しました、

 

第13回 Speaking  to one self (練習試合なのに負けるとラケットをコートに叩きつけ捨てていくジュニア)

    シングルスゲームを毎日のようにしていると次から次へと色んな人にゲームに誘われます。

    毎日のように誘いがかかり、練習相手には事欠きません。

    多い時は1日5試合位やることも、小学生から大学生、一般、女子も強いのが一杯いました。

    ある高校生のジュニアは練習試合なのに接戦で負けると大きな声で何か叫びラケットをコートに叩きつけてコート外に捨てて帰ります。

    そんな調子ですが負けているうちは御願いの電話をかけてきますが、自分が勝った後は誘いの電話は掛かってきません。

    自分が勝ったその日まで誘いの電話をしてきたのにこれからは貴方は挑戦者なんだから電話していらっしゃいと言う感じに立場が逆転するのです。

    ジュニアがラケットを投げたりする審判に抗議したりする行為はマッケンロー、コナーズ等、今は彼らも紳士になりましたがテレビから伝わるこの悪いマナーをジュニアが皆真似ていた気がします。

     当時のフロリダのジュニアはバックは両手打ち、クリス・エバート、ジミー・コナーズ、ハロルド' ソロモン.等当時、世界で活躍している選手はフロリダ出身で他のアメリカの州とは違っていました。

     日本では両手打ちを教えるコーチも両手打ちバックハンドをする選手も全くいない時代のことで両手打ちバックハンドをやっている人は世界で活躍していたボルグとかクリス・エバートを見様見真似でやっていた時代になります。

     パーマーの奥さんもコーチをしていましたがバックハンドは両手打ちしか教えていませんでした。

 

塩化カルシウムはコートをベストな状態に保つには大切です

塩化カルシウムはコートをベストな状態に保つには大切ですコートにいくらローラーをかけても水をまいてもこの塩化カルシウムを時々まかなくてはクレーコートを粘り気のある湿り気のあるベストな状態にすることは難しいと思います。ローラーをかけるだけではゲームをしているとコートが掘れてきて凸凹になってしまぃます。オーナーの渡辺さんが塩化カルシウムを撒いてくれました、テニスコートから富士山がよくみえるようにと20メートルある木も伐採しました。

第12回 speaking to  one  self (聞いて下さい 私の独り言)元フロリダ大生が東レに出場、夕食に行ってビックリ

フロリダ大学テニスチームはコート8面を使っており男子と女子で曜日と時間を分けて使っています。

男子と女子が同時に使うことはなく、部員は各16,名なのでコート1面に2名、何時でもシングルスができるということになります。

大学には部員になりたい人は沢山いますが希望者は全員入部できるわけではありません。

トライアウトとといって每年部員選抜試合を行ない勝ち残った選手だけに入部許可が与えれます。每年トライアウトを受けている学生も沢山います。日本のようにテニスコートの数は限られているのに50名以上部員がいるなんてことは考えられません。大学内にはコートが50面以上あり何時でも誰でも空いていれば使えます、それも照明付で無料です。ある夏の暑い時間帯、レギュラーの部員2人が練習に来たのですが、フロリダの夏の暑さは半端ではなくコート上で目玉焼きが出来るのではないかと思われる暑さなのに2時間たっぷり練習していました。彼らに言わせると暑い時間帯だからこそ練習になり夕方涼しくなったら勉強に身が入るというのです。フロリダ大学女子チームは全米5位の強豪チー厶でウインブルドンに出るような選手もいました、シェリー アッカーという選手でチームに姉妹で居てアッカーはサーブandボレーが得意でした。

当時ウインブルドンチャンピオンのナブラチロワとウインブルドンでサーブandボレーで戦いましたが4-6 4-6負けていました。

その後東レパンパシフィックにも来ましたがその時、夕食に行きましたが、彼女はレストランの入口にあるメニューサンプルを見て感嘆の叫び声をあげていました。本物かと思ったと言うのです。当時日本にしかないサンプルメニューです。

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