ミヤムラリゾート 情報

ロビングファミリーレッスンやりました。
5月の3.4.5.6.7日の連休にミヤムラロビングキャンプをやりたいと計画しましたが、流石にゴールデンウイークはロビングは満室でした。
そこで4月29日、30日にファミリーキャンプを計画、2家族+アルファで実施致しました。
別館に宿泊しインドアコート使用プライベートレッスンは別館前のコートを使用。
昨年、一昨年と同時期にパインテニスロッジでファミリーレッスンをやりましたが、今年は無理かなと皆さん思っていたみたいですが、できました。
テニスコート前のバーベキューはマネージャーが料理長で特別料理を作って頂きました、バナナのバーベキューは美味しく、子供達の為に花火もやりました。
ロビングはコロナ禍で大変な打撃をうけましたが、ビーチテニスコート、ビーチバレーコート、が完成、もうすぐパドルテニスコートも完成するみたいです。

第20回、聞いて下さい私の独り言、フロリダゲインズビルに無事到着 Coach B E Palmer and Steve were picking up in Gainesvill.
エルパソからバスに乗ってフロリダゲインズビルまで約2500Km、日本で言うと北海道から鹿児島までの距離でありバスで30時間以上かかります。
考えてみますとバスは飛行機に比べ代金は大幅に安いので不法入国者はバスを使って移動するので国境警備隊の捜査が入ったのだと思いました。
フロリダまでかなり時間があるのでこれからのアメリカの予定を考えることにしました、今のようにインターネットがある時代とは違いテニスの情報も伝わり難くテニス大国アメリカと日本のテニスの差は計り知れないものがありました。
特にバックハンドの両手打ちは日本ではまったくと言っていいほど誰も使っていないのにフロリダのジュニアのほとんどが両手打ちバックで試合をしておりアメリカの他の州ともまったく違っていました。
当時フロリダ出身のジミー コナーズ、クリス エバートが両手打ちで世界で活躍するのもうなずけます。
レッスンはプライベートレッスンが主流でグループレッスンはそんなに盛んではありませんでした。
フロリダに帰ったらバンダーミアテニスユニバーシティ10日間がフロリダのシーバリングであるので受けようと思いました、レッスン料金は500ドル、1ドル310円の時代ですから15万円以上かかり10日間宿泊するとまた他に500ドルかかります、アメリカ人は安いモーテルに宿泊したり車で寝たりしていましたが、私には情報がないので安全を考え指定のホテルに泊まることにしました。
ゲインズビルではパーマーコーチと友人のスチーブが心配して出迎えに来てくれていました。

第22回、ドロップショットで相手のリズムを崩す。Drop shot to break the rhythm of the opponent。
壁が相手コートにあるが如く、どんな球でもベースライン上ではまったくミスしないそんなプレーヤーと対戦した時、相手の心地よいリズムを崩すのに使われるショットがドロップショットです。
最近ではベースラインプレーを得意とする選手が多い中、トッププロの間でも頻繁に使われています。
ベースライン近くに来た深いボールにドロップショットを使っても、ネットまで距離があり相手にドロップショットに対処する時間を与えることになり反撃されてしまいます。
狙い目は相手の打ったショットが浅くなった時です、攻撃のアプローチショットかドロップショットかどちらも同じような逆回転のボールなので察知されにくくカムフラージュしやすいので使い分けて打つことが大切です。
ドロップショットを早くマスターしたければ簡単なドロップボレーから始めると覚えやすいでしょう。
The drop shot is effective when mixed with an approach shot of the same slice type。

第19回、聞いて下さい私の独り言Speaking to one self UF coach Palmer contacted the camp about my visa application
昼食の時間が終わり自由時間になり収容者の多くは相変わらずバレーボール、ピンポン、テレビ視聴に皆さん夢中です、私はこれからの事を考えると運動に興じるなんてとてもそんな気にはなれない精神状態です。
これから3か月間収容された後日本に強制送還され帰国した場合二度とアメリカ渡航は不可能になるなどいろいろな事をあれこれと考えている時、場内放送が入り急遽所長に面会することになりました。
所長の所に行くとあなたの身元引受人のフロリダ大学コーチのパーマー氏から連絡が入り、再度ジヤクソンビル(フロリダ州)の移民局で調査してもらった結果、ビザ切り替えの申請が出ている事が判明、誤認収容ということで本日、Hiroshi Utumi Miyamura 貴殿を解放しますと言う事でした。
Utumi というのは私の母方の姓でアメリカでは普通、皆さんミドルネームを持っているので母方の姓をミドルネームとして特別に作りました。ミドルネームはいろいろ作り方が有るみたいで例えばお爺さんの名前をいれたり、両親のどちらかが日本人だったりするとあのメジャーリーガーのようにお母さんが日本人の場合日本名(Tatuji)を入れたりしています。
没収されていた荷物を返してもらいバス停まで係官が送ってくれると言うのですがバスチケットはVOIDと大きくスタンプが押されて使用できないのではと、私が言うと係官がバス運転手に説明し乗れるように手配をするので、大丈夫と言うのです、逃走されないように逮捕した時、VOID 無効のスタンプをチケットに打たれていたのです。
係官が車でバス停まで送ってくれ、高速バスの運転手に事情を説明してくれて晴れてエルパソから脱出することができました。
これからフロリダまで約2500キロのバス旅です、2日間全く何も食べてなくて一度もトイレも利用しなくても、人間大丈夫なんだなと、この時実感しました。
一時は異国の地で隔離され井の中の蛙状態でこの先どうなるものかと、お先真っ暗の状況下にありそれから抜け出す事ができ、神様は私をまだ見捨ててないと思いました。
My visa application has been submitted to the Jacksonvil l Imigratlon Office and will be released。
We apologize for any inconvence caused.
We are very sorry, Mr Miyamura.
God hadn't abandoned me。

第18回 聞いて下さい私の独り言 Speaking to one self 留置場から収容施設に移動
留置場の中ではこの2,3日いろいろな事がありすぎたので、疲れて雑魚寝でも寝る事ができました。
翌朝、 車で収容所に連れて行かれたのですが、そこには500人から600人外国人が収容されていました、ほとんどかメキシコ人で日本人は私1人のようでした、どうしたのかカナダ人も1人いました。
そういうわけで係官はスペイン語しか話しません。収容所の中ではテレビをみたり、バレーボール、卓球等の運動を皆さん楽しそうにしていましたが、私はとてもそんな気持ちになれませんでした。
収容所の外に見える建物の屋根には弁護士の看板が沢山見えます、いつでも相談受付ますとか、開放されたければお電話下さい等です。
収容者の何人かが私に物を売に来ます、タバコとか日用品等です、刑務所ではないのでタバコ等も売ることが出来るのだと思いましたが、何人かの収容者は警備スタッフに頼まれて売っているのだと感じました。
食事は一列にならんで順番にもらいます。トレイの上に載せてくれるのですが スープはトレイのお椀のように凹んだ個所に入れてくれます、牛肉とか鳥肉とかメニューはそんなに悪くないのですが、私は全く食べる気になれないでいると、隣のメキシコ人が食べないの、もらっていい と言ってくるではないですか、お腹は2日位食べて無いのですから空腹なはずですがこれから先どうなるかを考えるととても食べる気にはなれません。
食事は食べ終わらなくても順番が来ると席を立たなくてはなりません、最初にスプーンを返します、料理を列んでもらう時はスプーンは最後でしたが返す時はまずスプーンからです、映画のスティーブ マックインの大脱走が頭に浮かびました、刑務所から脱走するアメリカ映画で第二次世界大戦のドイツの捕虜収容所からスプーン1本で脱走を試みるのです。
昼食時間が過ぎ次は夕食なのですが今晩ここで寝なければならないと思うと憂鬱になります、夜になるといろんなことがあるみたいで、男も襲われる事があるそうです、そんなこんなを考えている時、所長から私に呼び出しがかかりました。